書評

書評『論理哲学論考』ヴィトゲンシュタイン|事実と感情を分ける

ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』

20世紀を代表する哲学書の一つともされる『論理哲学論考』を読んでみた。

著者はルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン。ウィーンの大富豪のもとに生まれたのち、研究や戦争を経て、従軍中に草稿は書かれた。

全編を通して、示唆に富むシンプルな表現が多い。が、簡単に理解できるものでもない。著者自身が一つの命題を深掘りする過程(哲学的考察)を目の当たりにできる、不思議かつ興味深い本だった。

ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』

ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』
タイトル論理哲学論考
著者ヴィトゲンシュタイン
翻訳者丘沢静也
出版光文社古典新訳文庫
初版発行2014年1月20日
Kindle版あり

1889年、大富豪の父の第9子として生まれた、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン。ケンブリッジ大学にてラッセルのもとで論理学、数学の基礎を研究。

1914年、第一次世界大戦勃発。故国オーストリア軍の兵士に志願。従軍中に持っていた1冊のノートに、やがて『論理哲学論考』となる哲学的考察を暗号で記録。草稿は1914〜1916年。

当著は、20世紀を代表する哲学書の一つとも言われている。

 

ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読んで

ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』

ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読んで、印象に残ったことなどをまとめた。

シンプルなのに奥深い考察

論理哲学論考』は、哲学的考察を深掘りする過程を、リスト式で読み進められる。

それゆえ、一つひとつの項目は短く、読み進めやすい。が、シンプルだからこそ、難しい。奥が深いとも言える。シンプルと単純は同義ではないのかもしれない。

例えば、以下の2ヶ所。

私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する。

引用:『論理哲学論考』ヴィトゲンシュタイン / 光文社古典新訳文庫 / P.111-5.6

世界は、私の意思に依存していない。

引用:『論理哲学論考』ヴィトゲンシュタイン / 光文社古典新訳文庫 / P.138-6.373

上の言葉の真意を、現時点では理解しきれていない。

しかし、似たこと(「言語の限界=世界の限界」など)を最近は思案していたため、この言葉の的確さは理解もできる。

世界には「事実のみ」存在する

ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読み、最近の思案に対する「解答例に近いもの」が述べられていた。まずは引用を。

世界を分解すると、複数の事実になる。

引用:『論理哲学論考』ヴィトゲンシュタイン / 光文社古典新訳文庫 / P.6-1.2

そして、最近の思案とは「物事には、事実しか反映されないのでは? そして、感情というトッピングは、事実とは無関係ではないか? いわゆる感情的な〇〇とは、事実に感情を混ぜてしまった結果ではないか」ということ。

ずっと考えていた「物事には事実しか反映されていない」と、ヴィトゲンシュタインの「世界を分解すると、複数の事実になる」がバシッと繋がったのだ

ぼくは昔から毛深い方で「いつか全身脱毛したい……」と悩んでいたけれど、これは事実と感情を混ぜてしまった結果の悩みだった、と最近感じている。

つまり、毛深いという事実は、抗うことのできない遺伝情報であり、好むと好まざるとにかかわらず、揺るがない事実として存在している。この抗えない事実に対して、「劣っている」に近い感情的な見方をしてきた。が、本来、生物である人間には複数の合理的理由があるはずであり、一例としての体毛も、優劣という感情面で測れるものではないはずだ。自己肯定的ではあるけれど、ぼくは「遺伝情報に悩んだってしょうがないか」と、感情を混ぜることをやめ、人生の大きな悩みを「単なる事実」にすり替えることができた。

さらに、自己肯定に援護射撃するなら、ショーペンハウアーは著書『幸福について』で、以下のように述べている。

人生において何に遭遇し、何がその身にふりかかったよりも、本人がそれをどう感じたのかが問題であり、何事も感受力の質と程度が問題となる。

引用:『幸福について』ショーペンハウアー / 光文社古典新訳文庫 / P.29 L.2

加えて、ショーペンハウアーは、エピクテートスの『要録』から、こう引用している。

事態が人間を不安にするのではなく、事態に対する見解が人間を不安にする。

引用:『幸福について』ショーペンハウアー / 光文社古典新訳文庫

いずれにも共通するのは「事実と感情を、明確に分けていること」。

日々、揺るがない事実だけが、自分の身にふりかかる。その事実に、どのようなトッピングをするのか、してしまうのか。

より心地よく生きるために、必要かつ価値のある考察だと思う。

 

あとがき

ヴィトゲンシュタイン著『論理哲学論考』の感想などを書いてみた。

著者の哲学的考察は、「真っ向からのストレート勝負」という感じがして、とても気持ちよく感じた。そして、思案に対する「解答例に近いもの」を見つけられたのは、幸運な体験だったと言える。

必要だと感じた機会には、当著を本棚から引っ張り出し、著者との議論をまた楽しんでみたい。

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